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    雨の多いバンドの話 — A Chronicle of fox capture plan — by 井上司

    fox capture plan

    2026/01/05 12:00

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    皆さんfox初のファンクラブ登録ありがとうございます。ドラムの司です。

    せっかくなので、fox capture plan15周年を記念して、バンドの始まりからを、

    僕視点でCapturisM.BASEに書き残してみようと思います。

    読み返して気づいたのは、節目の日にだいたい雨が降っていることでした。

     

    振り返ってみると、fox capture planの始まりは、

    最初から何かを目指していたというより、

    その場その場で起きたことを拾い集めていた、という感じが近い。

     

    2010年より少し前、岸本とカワイはそれぞれ別のバンドで対バンして知り合っていた。

    同い年で、話は合う。

    「何か一緒にやりたいね」

    そんな会話はしていたけど、具体的な形にはなかなかなっていなかったらしい。

     

    理由は単純で、ドラムが思いつかなかった。

     

    一方で僕は、その頃ロックシーンで別のバンドをやっていて、

    当時のメンバーの友達という流れで岸本と知り合った。

     

    そういえば、3人でスタジオに入る前に、

    岸本とは一度、一緒に音を出している。

     

    僕の当時のバンドに岸本がゲストで入ってくれて、

    南青山のレッドシューズで、

    セッションのようなライブをやった。

     

    夜な夜な、深い時間帯。

    セットリストも曖昧で、

    NIRVANAのカバーを勢いでやった記憶がある。

     

    今思えば、あの時点ではジャズも何もなくて、

    ただ大きな音でロックを鳴らしていただけだった。

     

    しばらくして、

    「つかっちゃん、一回スタジオ入ってみようよ」

    と岸本に誘われ、

    そこにカワイも加わって、

    2010年後半、笹塚のリハーサルスタジオに3人で集まった。

     

    この日、しっかり大雨。

     

    やってみた結果、

    誰も全然ピンときていなかった。

     

    音は出ている。

    演奏も成立している。

    でも、何かが決定的に足りない。

     

    終わったあとも特に盛り上がらず、

    「今日はこんなもんか」

    という空気で解散した。

     

    この時点では、

    バンドになるとは思っていなかった。

     

    ところが後日、岸本からデモが送られてくる。

    後にfoxの最初の曲になる

    「capture the initial “F”」のデモだった。

     

    それを聴いた瞬間、

    最初のセッションとは明らかに違う感触があった。

     

    「あ、これなら形になるかもしれない」

     

    そう思って、すぐ2人に連絡した。

    下北沢駅前。

    また大雨。

    少し興奮気味に電話していたのを覚えている。

     

    そこから流れが変わった。

    岸本とカワイが一気に曲を作り始める。

     

    この頃の僕は、

    ドラムを叩くこと以外、ほとんど興味がなかった。

     

    作曲もしない。

    とにかく、バンドのドラマーとして叩く。

     

    最初はジャズに寄せようとして、どうにもうまくいかなかった。

    そこで思い切って、

    ロックの感覚そのままのドラムで叩いたら、

    急に全体が噛み合った。

     

    歯車が一つ、正しい位置に戻ったような感覚だった。

     

    バンド名も決まっていないまま、

    先に初ライブをやろうという話になり、

    渋谷PLUGでライブが決まる。

     

    そうなると、さすがに名前が必要になる。

     

    いろいろ案を出す中で、

    岸本がたまたま見ていたのが、

    NHKのグリコ・森永事件を追った未解決事件のドキュメンタリーだった。

     

    「狐目の男を追う」

    見えない犯人を追い続ける捜査。

     

    その流れで出てきた言葉を直訳してみたら、

    fox capture plan。

     

    意味を深く考えたというより、

    音の響きがよかった。

    それと、見えない新しい音楽を探している感じが、

    当時の自分たちにはちょうどよかった。

     

    なので、わりとあっさり決まった。

     

    これは後年になって分かったことだけど、

    そのドキュメンタリー番組の音楽を担当していたのは、

    カワイくんの叔父である川井憲次さんだった。

     

    さらに、その再現映像には、

    今では僕がプライベートでいつも兄のように慕っている

    俳優の眞島秀和さんが出演していた。

     

    もちろん、その当時はそんなことは一切知らない。

    ただ、響きがいいという理由で決めた名前だった。

     

    あとから全部がつながって、

    「そんなことある?」

    と思ったけど、

    foxのまわりでは、こういう偶然がわりと普通に起こる。

     

    2011年10月27日、初ライブ。

    知り合いや、それぞれのバンドのファンなど、

    50〜60人くらいが集まってくれた。

     

    まだ、自分たちでも

    どんなバンドなのかよく分かっていない状態。

     

    一曲目はOasisの「Wonderwall」。

    終盤にはBjörkのカバー。

     

    今思うと、だいぶ不思議なセットリストだ。

     

    ライブはうまくいったと思う。

    ただ、僕は死ぬほど緊張していた。

    ジャズ界隈の人たちは演奏に厳しい、という

    完全に自分の中だけのイメージに飲まれていた。

     

    それでも、この日の手応えから、

    「いつかリキッドルームでワンマンができるくらいのバンドになれたらいいね」

    という話をした。

     

    ライブ後、バンドとしての活動が本格的に始まる。

    下北沢ERA、渋谷LUSH、新宿LOFT etc...

    ブッキングイベントで、いろんなライブハウスに出させてもらった。

     

    同時に、音源を出したいという話も進み、

    現Playwrightディレクターの谷口慶介さんに相談。

     

    当時、bohemianvoodooやorange pekoeの話も重なり、

    「どうせなら新しいレーベルを作ろう」

    という流れでPlaywrightが立ち上がった。

     

    最初のリリースは、

    100枚限定のCD-R「Sampleboard」。

    2012年夏、タワーレコード新宿店のみ。

    4曲入り。

     

    売れ行きがよくて、300枚まで増えた。

    今この世に300枚だけ存在している。

     

    その勢いのまま、

    1stミニアルバム「FLEXIBLE」を

    2012年10月にタワレコ限定でリリース。

     

    そして、1stアルバム「trinity」。

     

    この頃から、

    レコーディングは驚くほど肩の力が抜けていた。

    プレッシャーも感じず、

    ただ音で遊んでいる感覚。

     

    大量に録音して、

    その中から選んだのが「trinity」だった。

     

    その後、

    MV制作だけでなく、

    アートワークも含めて多角的にインパクトを出せるアルバムにしようという意識が強くなり、アートワークはデザイナーの須田悠さんにお願いした。

     

    MVは谷口さんの推薦で仁宮監督と会い、

    「衝動の粒子」と、

    権利問題で未公開のまま永久お蔵入りになった

    「Rencarnation」を制作することになる。

     

    この頃の僕はスティックしか持っていなかったので、

    ドラムセット一式を友達に借りて撮影している。

     

    リリース後、

    「衝動の粒子」のMVのインパクトもあり、反響が広がった。

     

    メンバーそれぞれで、

    全国のCDショップを回って営業もした。

     

    その最中、

    ヴィレッジヴァンガードが興味を持ってくれて、

    下北沢店から全国へと広がっていく。

     

     

    そして「trinity」のリリースをきっかけに、

    foxとして初めてのツアーを回ることになる。

     

    初日は鹿児島。その初日に、

    僕は演奏を大きく間違えた。

    誰でも分かるくらいの大胆な連続ミスで、

    終演後はかなり凹んでいたと思う。

     

    ただ、メンバーは驚くほどあっさりしていて、

    「そんなにストイックにやるバンドでもないし、

    大丈夫だよ」

    と、笑いながら言ってくれた。

     

    ただ、その時の自分は、

    どうしても自分を許せなかった。

     

    翌朝、ホテルの部屋で、

    ひたすらエアドラムをしながら曲をリズムを確認していた。

     

    当時、僕はnhhmbaseというバンドも並行してやっていて、

    肉体的、精神的にストイックな現場に身を置いていた。

     

    その感覚を、

    まだfoxにも持ち込んだまま、

    どこか肩に力を入れてバンドをやっていた気がする。

     

    今振り返ると、

    このツアーは、

    foxというバンドの中で

    「力を抜くこと」を覚え始めたタイミングだったのかもしれない。

     

    完璧じゃなくても、

    続いていく。

     

    そういう感覚を、

    身体で知り始めた時期だった。

     

    そして、

    「trinity」ツアーのファイナルは渋谷o-nest。

    この日のライブは、

    これまでとは少し違う手応えを感じていた。

     

    予想以上の反響と売上を目の当たりにして、

    たまたまリハ中にカワイと話していて、

    「収録していない曲もまだあるし、

    このまま年内もう一枚出そう」

    という話になった。

     

    それを岸本に提案して作ったのが、

    2ndアルバム「BRIDGE」。

     

    後に続く「WALL」への途中、

    という意味合いで付けた名前だった。

     

    帯のミスプリントで、

    「狐捕獲計画」ではなく

    「狐補完計画」になっている初版があるのは、

    今では完全にレア。

     

    結果的に、

    CDショップ大賞ジャズ賞や

    JAZZ JAPAN AWARDなど、

    いくつか賞をもらうことになる。

     

    「Attack on fox」や「RISING」など、

    後に代表曲と呼ばれる曲も、この中に入っている。

     

    ここまで来て、

    なんとなく分かっていた。

     

    次に出す作品で、

    バンドの空気が変わる。

     

    それが、

    3rdアルバム「WALL」だった。

     

    続く。

     

     

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